漫画けもの道14 牙をむいたライオン

 ある雑誌で長年貢献した、当時まだ固定ファンのいた作家が編集部に呼び出され、段ボールに入れたその人の原稿を渡されて「これ持ってどこでも行って下さい」と言われました。原稿を返すというのは、会社によってやり方の違いはありますが、もう掲載しないという意味になります。単行本や再録、配信等の予定があれば返しません。ただし単に原稿を返さない会社もあります。返す原稿と返さない原稿がある場合は、返さない原稿はまだ使いたいということです。私の経験ではそうです。返してくれと言えば返してもらえますが、波風を立てないように気を使います。悪くすれば、そこではもう仕事しませんという絶縁宣言と受け取られてしまいます。段ボールに原稿を詰めて呼び出して追い帰す、というのは、二度と使わないという意味なります。そこまでしないと、また企画書を送ってくると思ったのかもしれません。それにしてもやられた方はたまりません。漫画の出版社ではそういうこともあります。急に呼び出して段ボールを渡して追い帰す、というのは、リーマン・ブラザーズが破綻した時に社員にした仕打ちです。私物は全部箱に入っていて、もう会社に入れないようにされました。そうでもしないと情報持ち出しなどの報復をされかねないからでした。そんなことは日本の企業はしないと聞きましたが、漫画家はされます。リーマン・ブラザーズは倒産しましたが、出版社は違います。漫画家の切り方だけが米国並ということを、知っておいた方が楽だと思います。酷いことを言われたりされたりしても、そんなものだと思って、軽く受け流すのが一番です。その後段ボールを渡された人は描き続けています。簡単にやめる人はいません。どんなことをしても食いついて離れないのが当たり前です。優しそうな話を描く人も、牙をむいたライオンです。
 私が病気した頃、休刊が続いて雑誌が減っていましたが、一方で中堅やマイナーでホラーやお笑い漫画ブームが続いていました。ホラー、恐怖、怖い、ミステリーと題した雑誌の中で、占い漫画ではない大人向けサスペンスを描ける雑誌を見つけました。読んで面白いと思ったので持ち込みました。私は原稿料が上がっていたものの、ページ2万円貰う人もいる大手では安い方でしたから、あまり差がなく、大手の方が安いところもありました。読者年齢がやや上がり、例えば30歳のOL(当時の言葉)、40代の主婦、という注文はありましたが、それまででは比較的描きたいものを思うように描けるようになり、量産できませんが続けられました。しかし、病気で大手に切られたわけではありません。そこは誤解されると人聞きが悪いので断っておきますが、復帰後もまた大手で描いていました。仕事が重なってお断りすることもありましたが、わざわざ予定を変えて描かせていただこともあります。ただ私自身が自分の軸足をもともと描きたかったラブコメではないサスペンスに移したということです。
 以後出版不況はますます厳しくなり、コンビニに並ぶ漫画も激減しました。すでに生活できるだけの蓄えのある人は無理しなくてもいいでしょうが、若い人は大変です。これから漫画を描く人は、大きな社会の動きにも注意して、先を見て考えて現実的に計画を立て、少しずつでも自分の描きたいものを描いていってほしいと思います。

 見た目の華やかさと裏腹に何の保障もなく厳しい競争に晒され、労働法規の外で生きている漫画家やその志望者に対して、一層のご理解をいただけるように願って筆を置きます。