漫画けもの道13 セーフティネットなし

 大きな運命には抗えない、と書きましたが、全くその通りで、最初にラブコメを描いて3位を取った少女漫画誌もなくなりました。好きで潰れそうな雑誌に投稿したわけではありません。80年代後半はバブルの上り坂、漫画も売れ、投稿した雑誌には漫画愛好家なら知っている名作が連載され私がデビューした時も続いていて、潰れるとは思えませんでした。デビュー後女性誌は男性誌より不振と聞きましたが、読者にそこまでわかるはずもありません。ネットもなく、検索で部数を調べることもできませんでした。何よりファンだった大御所に惹かれて投稿しました。他誌に持ち込まずそこだけに絞っていたとしても、やはり描いていた雑誌が潰れてレギュラーを失う結果は変えられませんでした。その後は新雑誌や別の雑誌に移って実績を上げるしかありませんでした。
 しかしその前に身体を回復させないといけません。その頃ネットは普及しておらず、電話が交流手段でした。時々電話をもらったりかけたりする漫画家が数人いました。漫画家以外の知人とも、たまに話すことはありました。体調を崩した時にも、たまたま電話をかけてきた人、かけた人がいました。近況を話す時、腱鞘炎で描けないと、わかりやすく説明し、それ以上はあまり余計なことは言いませんでした。他人にどうこうできることでもないと思ったからです。
 漫画家ではなく安定した生活を送っている知人も、皆温かい言葉をかけてくれました。「何かあったら相談してね。今度ご飯でも食べようよ。」もちろん、気持ちを感じました。漫画家の知人は、電話の翌日宅配便で荷物を送ってきました。ダンボールに米と保存食、菓子、本とCDが入っていました。電話をかけると「これで1ヶ月大丈夫だろう。私が描けなくなった時に漫画家の友だちがしてくれたことで、その友だちも漫画家の友だちに同じことをしてもらったので、順番だから返さなくていい。次の人にしてあげればいいから。迷惑だったら捨てるか譲るかしてくれればいい」という話でした。その人と特に仲が良いというわけでもなく、他にも米をくれた人がいました。漫画家は互いに困り方を知っているため、即時、即物的です仕事切れには編集者を紹介する、自分がアシスタントに使う、という支援もよくあります。
 漫画家は個人事業主です。病気や倒産で仕事が切れた時の保証はなく、自分で保険に加入しない限り、失業給付も受けられません。私は生命保険に加入していましたが、入院しないと支払われませんでした。通院で支払われる契約も今はありますが、当時はありませんでした。1ヶ月分の食糧はありがたく頂戴しました。さらにその後、同じ人から電話があり「健康診断に行くから待ち時間をつぶすのにつきあってほしい、診察も受ければいい」と誘われました。保険証を持って出かけた病院は、漫画家御用達でした。カウンセリングも学び生活相談ができる医師で、友だちの漫画家の紹介だそうです。悪いのが腕だけでないことがわかりました。支払いは誘った知人が問答無用でしてくれました。断ってもききませんでした。いわくそれも順番です。私も後年同業の知人に、いくばくかの支援をしたことはありますが、恩に着せるつもりなどありません。気を使ってお返しをするより順番に回すのが合理的です。
 近所の鍼灸院に藁にもすがる思いで入ったのも正解で、痛みが緩和しました。少しずつ体調を回復させ、バイトをしながら、1年以内に復帰すると決めていました。それは実現しました。漫画家は倒れても自分で立ち直るしかありません。会社員にあるようなセーフティネットはなく、失業した時あるのは同じ漫画家の助けのみです。同業者との関係も自力で作らなければ助けはないものと思って下さい。