漫画けもの道4 迷える子羊はいらない

 一緒に仕事をして非常に助けられた編集者は何人かいます。逆に、普通、ちょっとやりにくい、と私個人が感じた人もいますが、助けられた人が多いと思います。そのちょっとやりにくい編集者があけすけに本音を語ったことがありました。
  「どうして才能のない人ほど一生懸命持ち込みをするんだろう。一生懸命やればできると勘違いしているのかなあ。いくら没にしても次々プロット作って持ってきて何年も迷惑している才能ない人がいるんだよ。でもやっと厄介払いできたよ。君はアイデア豊富で文才があるから小説に向いている、とうまく乗せて、小説の編集者を紹介したの。それで担当がついて、喜んでお礼の電話かけてきたんだよ。あ~、よかった、これでもう相手しなくてすむ。あ~、よかった、よかった。プロットなんかも、ちゃんとできて面白いのじゃなく、どうしようもなくてさ、いるんだよね、仕事じゃなくて、悩み相談しに来る人が。自殺だけはしないでね、迷惑だから。あ、あなたは実家が近いから大丈夫そうだけど、いきなり遠い田舎から出てきて、どうしようもないプロットにもなっていない紙切れ持ってきて、延々と悩み相談して、夜中も電話かけてくる人がいるんだよ。電話があれば出なきゃいけないし、持ち込みの相手はしなきゃいけないしさ、こっちだって大変なんだから。出版社は仕事する場所なの、悩み相談所じゃないの。迷える子羊は来ないでほしいんだよ。来るとこ間違えてるんだよね。」
 この人は高学歴でキャリアが浅く、悩み相談に向く人ではありませんでした。担当のプロを抱えた上に持ち込みも見ていたので、本当にきつかったのでしょう。悪い人ではありませんでした。
 迷える子羊と言われるような人が来る理由はわからなくもありません。少女漫画が長年、ドジで間抜けで美人でない少女が、愛されて成長し幸せになる物語を売ってきたからです。雑誌には編集者が実名を出す楽屋落ち漫画もあり、親しみを感じさせます。出版社に行けば、助けてくれる優しいお兄さんがいるという幻想を抱かせるかもしれません。編集者に「抱いて」という葉書を送りつけた女性もいました。見せてもらいました。お金を借りに来る漫画家もいますし、色々な苦労があるだろうと思います。
 私にも親切にしてくれた編集者はいます。それは編集者が作りたいと思う漫画の作者として認められる圏内にいたからです。担当が変わり、部署が変わり、さらに退社すれば、連絡はなくなります。自分からも連絡しなくなります。編集者とは仕事をしたいのです。再び仕事をすることもありますが、その場合は連絡があります。それまで親密につきあっていたわけではありません。悩みのある人が出版社に相談に行っても期待外れになりますが、企画書が評価されれば仕事になります。それだけのことです。