漫画けもの道 2016年2月記

 

 漫画家、レディコミ作家という肩書はどうしても色眼鏡で見られます。ブログ開設後、私の漫画を読まない方から見当違いのメールをずいぶんいただいて閉口しました。金銭労力の要求も中傷もありました。自由に好きな仕事ができて楽しく恵まれた生活をしていると思われているようでした。確かに、どういう働き方をしているのか、金銭的にはどうか、私もデビューまで知りませんでした。新人の原稿料は投稿前にチェックしていましたが、デビュー後の育成システムは入ってみないとわかりませんでした。アシスタント経験はなく、毎月投稿して3~5万円の賞金を稼いで生活費の足しにし、都内でひとり暮らしできていました。デビュー後それ以上に厳しい生活になるとは予想できず、後から余計な苦労をしました。この文章は漫画家という職業について誤解を避けたいという思いと、後進の参考になればとの思いで書き下ろしたものです。特定の出版社や編集者を傷つける意図はありません。個人を特定できないよう時系列を入れ替え脚色もしています。過去の特殊経験者の偏見によるフィクションとしてご理解下さい。 

 同じ頃デビューして数年でやめてしまった人の中に印象に残る作品を描いていた人がいます。しかし続けるのは大変です。ご存じない方には才能がなかったと思われるかもしれません。しかしそうでもなく、10人以上掲載されベテランが多い中で、私でさえ初登場最下位でなく、有名な先生を抜いていたと聞きました。その後も1年ほどの間に5位、3位と順位を上げましたが、それでも次はないという状態でした。たまたま新人がアンケートでベテランを抜いたとしても、ベテランは固定ファンがいて雑誌も単行本も売れるので、簡単に新人と交代ということにはなりません。中には編集長に気に入られ、数字が悪くても抜擢される人もいますが例外です。

 掲載されない限りお金も入らず精神的に苦しく、専属ではなかったので他誌にも持ち込みました。そこで初登場4位だったので担当に認められ、仕事を続けることができました。全て数字です。 アンケート1位2位でないと扱いは変わらない、つまり前後編や集中連載で売り出してもらえないと言われていました。人気のあるベテラン、中堅と競ってトップにならないと評価されません。そんな中でも初登場で1位2位を取る新人もいて、そういう人とぶつかると掲載枠がなくなります。中に入るとその競争の激しさに驚きます。心理的にはデビュー前以下でした。大手でなく弱小でデビューして量産した方がよかったかもしれません。やめた人は才能がなかったと見られてはつらいものがあります。後述しますが、運不運も家庭の事情もあり、色々なことを考えて進路を選択しています。

漫画けもの道2 競争率30倍

 デビューしてすぐやめる人もいれば、売れる人もたまにはいます。どちらでもなく細々と描き続ける人もいます。そういう場合が多いと思います。
 どこの出版社も人気作家は抑えたいので、1年以上前からスケジュールを決めてしまいます。雑誌のページ数、掲載枠が限られ、すでにかなり埋められている中で、新人、前年、その前の若手、他社からの持ち込みなどが競い合ってページを取りに行きます。私の経験では30倍の競争率だったことがありました。
 全体が売れている時は、増刊や新雑誌を出して枠を増やすのでまだ楽ですが、それでも競争ですし、結果も厳しく査定されます。1つの雑誌で順調に育てばいいのですが、最悪雑誌が潰れることもあり、編集長が交代して使う作家を総入れ替えすることもあります。前編集長時代の新人の多くは切られ、別の雑誌に持ち込み一からやり直すしかなくなります。私も雑誌が潰れる経験を何度かしています。専属ではなかったので、新人の頃から複数の雑誌に持ち込んでいました。他流試合をした方がいいという編集者もいたので、割り切っていました。あちこちの雑誌に描いてどこの漫画家かわからない、という人がいるのはそうした事情によります。

 弱小やエロ漫画やマージャン劇画で仕事をすることもあります。そこから大手に移ってヒットを出す人もいます。弱小でも異色のヒットを出すことがありますから、希望は捨てていません。大手だけでずっとやれる人が少ないという意味では食えない仕事かもしれませんが、その周辺の多くの媒体、広告も含め全体で、その気になれば何とか描ける生態系のようなものができています。それが今はネットにも広がり、他の仕事との兼業も可能です。
 そこで漫画は大手だけでいい、アニメはジブリだけでいいというような、わかっていない人が権力を持つと、困ったことになります。エロは潰す、レディコミもエロ、漫画を広告に使うな、という規制があったら、今いるスターにも生きてこられなかった人がいます。大手のひとつの場所でスターでい続ける人はきわめて稀だからです。
 またどんな仕事でも同じですが、家庭環境が厳しい人は、とにかくお金を稼がないといけない、そのために仕事を選べない場合もあります。 外からはわからない事情があるのは、どこも同じでしょう。

漫画けもの道3 2位でいいんです

 国会議員が事業仕分けで「2位じゃダメなんでしょうか?」と発言し批判を浴びました。漫画では巻頭カラーが1位と決まっています。前回低調で最下位だった人が次に巻頭で1位を取ることもあります。また、編集者に聞いた話ですが、巻頭カラーの出来が悪く、編集部一同「失敗だ」と頭を抱えたのに、結果的にはやはり1位だった、ということもあります。「どうしよう、こんなつまらない話が1位取っちゃった」と編集者が嘆いていました。それほど巻頭で外すことは珍しいのです。巻頭で外すと厳しいですが、逆に巻頭でないのに1位を取れば金星です。2位でも差が小さければ、本当に受けたのは2位の作品だと評価されます。つまり、巻頭でなければ2位でいいんです。巻頭カラーの1位はほぼ決まっていますが、問題は順位でなく雑誌が売れるかどうかです。誰が巻頭なら売れるかが試されています。それが巻頭の責任です。
 2位と差のある3位は、初登場の新人ならともなく、それなりの評価です。その雑誌で長くやっているベテランなら、編集者から誰が何位と毎回つぶさに聞かされています。ですからアンケートを取るコツを知っています。外せない、危ないと思い、過去のデータを総動員して手堅い話を描き結果的に3位を取ったとしても、編集者は評価しません。「何年やっているんだ、アンケートに甘えるな!」とこっぴどく叱られたという話を聞いたことがあります。
 口の悪いベテラン漫画家が「この雑誌で受けるのは、動物と子供と病気」と自嘲気味に言っていました。確かに女性向けならそうかもしれません。受けるコツを知っているベテランの「何回も読んだネタ、話」は確実に読者に受けます。しかし編集者の期待は新しさにあります。3位より下でも、無難な計算づくの3位より冒険している作品もあり、それを評価して使う編集者もいます。ただし、いつも中下位でいいと甘んじてしまう怠惰は命取りです。看板を背負う気がないと壁を破れず、よくて穴埋め、悪ければフェードアウトです。
 私は1年めを過ぎた頃3位を取りましたが、それは受けやすい設定で描いた結果でもあります。評価されなかった理由は、今はわからないこともありません。それにしても、未経験の新人に1年2年で斬新な作品を描き数字を出してトップランカーになれという要求は、厳しいものです。
 事実上明日がわからない失業者に近い生活、心境です。アシスタントなどの仕事もありますが、時間がなくなり描けなくなる、またアシスタントに甘んじてしまう恐れもあります。
 デビュー前の経験には書くほどのこともありません。思い返せば投稿時代など居眠りしていたようなものです。そのくらい落差があります。デビュー前胸に秘めていた「私は天才」の自惚れがどうなるか、ぜひ経験して下さい。勝てると思った作品に負けるのです。何が悪いのかわかりません。編集者の助言も理解できないことがあります。

 漫画家志望者が時々プロをバカにしますが、人のことはどうでもいい、と編集者は言います。

漫画けもの道4 迷える子羊はいらない

 一緒に仕事をして非常に助けられた編集者は何人かいます。逆に、普通、ちょっとやりにくい、と私個人が感じた人もいますが、助けられた人が多いと思います。そのちょっとやりにくい編集者があけすけに本音を語ったことがありました。
  「どうして才能のない人ほど一生懸命持ち込みをするんだろう。一生懸命やればできると勘違いしているのかなあ。いくら没にしても次々プロット作って持ってきて何年も迷惑している才能ない人がいるんだよ。でもやっと厄介払いできたよ。君はアイデア豊富で文才があるから小説に向いている、とうまく乗せて、小説の編集者を紹介したの。それで担当がついて、喜んでお礼の電話かけてきたんだよ。あ~、よかった、これでもう相手しなくてすむ。あ~、よかった、よかった。プロットなんかも、ちゃんとできて面白いのじゃなく、どうしようもなくてさ、いるんだよね、仕事じゃなくて、悩み相談しに来る人が。自殺だけはしないでね、迷惑だから。あ、あなたは実家が近いから大丈夫そうだけど、いきなり遠い田舎から出てきて、どうしようもないプロットにもなっていない紙切れ持ってきて、延々と悩み相談して、夜中も電話かけてくる人がいるんだよ。電話があれば出なきゃいけないし、持ち込みの相手はしなきゃいけないしさ、こっちだって大変なんだから。出版社は仕事する場所なの、悩み相談所じゃないの。迷える子羊は来ないでほしいんだよ。来るとこ間違えてるんだよね。」
 この人は高学歴でキャリアが浅く、悩み相談に向く人ではありませんでした。担当のプロを抱えた上に持ち込みも見ていたので、本当にきつかったのでしょう。悪い人ではありませんでした。
 迷える子羊と言われるような人が来る理由はわからなくもありません。少女漫画が長年、ドジで間抜けで美人でない少女が、愛されて成長し幸せになる物語を売ってきたからです。雑誌には編集者が実名を出す楽屋落ち漫画もあり、親しみを感じさせます。出版社に行けば、助けてくれる優しいお兄さんがいるという幻想を抱かせるかもしれません。編集者に「抱いて」という葉書を送りつけた女性もいました。見せてもらいました。お金を借りに来る漫画家もいますし、色々な苦労があるだろうと思います。
 私にも親切にしてくれた編集者はいます。それは編集者が作りたいと思う漫画の作者として認められる圏内にいたからです。担当が変わり、部署が変わり、さらに退社すれば、連絡はなくなります。自分からも連絡しなくなります。編集者とは仕事をしたいのです。再び仕事をすることもありますが、その場合は連絡があります。それまで親密につきあっていたわけではありません。悩みのある人が出版社に相談に行っても期待外れになりますが、企画書が評価されれば仕事になります。それだけのことです。

漫画けもの道5 ガチ保守編集とフェミ編集

 ネットで個人で漫画を公開するのは自由ですが、大手出版社で仕事をするなら、まず担当編集者のOKをもらい、打合せしてネーム(台詞、モノローグ)を作り、編集者が会議で通して初めて雑誌に掲載されます。競争率は高く熾烈な戦いです。会議で勝てるかどうかは編集者の力にもよります。強い編集者が担当になると仕事が続き、その人と離れたとたん仕事が切れることもあります。強い編集者は頼もしい味方です。
 新人には担当編集者を選ぶ権利はありません。そして決まってから簡単に替えることもできません。編集者にも個性があり、かなり柔軟な人もいれば、自分の考えに固執する人もいます。たまたま私が知っているある編集者は、ガチ保守でした。女の幸せは結婚だ、結婚しても仕事をしたがる女は嫌いだ、と打ち合わせで言うのには驚きました。既婚の漫画家はやりにくいことでしょう。反対に、女は自立すべきだ、専業主婦の漫画なんか描くなと言う自称フェミニストもいました。どちらもある程度実績があり、発言力もあります。その担当する漫画家にもどちらかの色が出てきます。そうでなければ打ち合わせで企画が通らないからです。味方でもある強い編集者がガチ保守で、結婚至上主義の漫画を描けと言われて、それを巧みに生かして編集者の考え以上の仕事にできる人もいれば、我慢できずにその会社から離れる人もいました。その反対に、既婚で出産後専業主婦になり復帰した漫画家が、フェミニストの編集者を、主婦をバカにするからから嫌いだと敬遠していたこともあります。
 特に発言力も実績も全くない新人は、担当が強い時には助けられもしますが苦労もします。思想信条が違うと正面からぶつかることもあります。しかし共通の趣味嗜好はありますから、酒好きなら酒、旅好きなら旅と、接点を見つけて企画を立てることもできます。打ち合わせをすれば案外気が合うかもしれません。また漫画というのは、漫画家独特の絵、トーンワーク、衣装、語彙、小道具の趣味、など表現全体が魅力で、ファンがつきます。そこは自分らしさを大切にして、異質の編集者と新しいことをやってみるのも悪くありません。 私がうまくやれたとは言いかねますが、これからの人は覚悟して、うまくやってほしいと思います。

漫画けもの道6 おしゃべり女禁止令

 デビュー後まもなく、担当編集者から注意を受けました。「デビュー前に好きな漫画家、嫌いな漫画家の話をして、嫌いな人をけなすこともあるけど、デビューしたら同じ世界で仕事をするんだから、他人の批判や噂話をしてはいけないよ。狭い世界だから、必ず本人の耳に入って、仕事ができなくなることもあるから気をつけてね。」
 漫画家は閉じこもって仕事をしますし、あまり遊び歩く時間もありません。人とおしゃべりする時間は少ないと思います。それでもパーティーやイベント、アシスタントが来ている仕事場で、気が緩んでついおしゃべりをしてしまうことはあります。私はスケオタを集めて楽しくおしゃべりするようにしています。誰でも入れる無難な話題で楽しむのがいいと思います。仕事仲間ですから、私生活には踏み込まないことが基本です。その場では黙っていても、おしゃべりを嫌ってその後寄りつかなくなる人もいます。「何か面白い話をして」と言われることもありますが、怪談など、害のない雑談がいいと思います。自分のプライバシーはなるべく話さないことです。尾ひれをつけて噂されたり中傷されたり、無断で漫画のネタに使われたりします。
 たまたま話の合う同業者と流れで踏み込んだ話をすることはあります。人の噂が出ることもあります。編集者にもおしゃべり好きな人はいます。それでもその場で話したことを、そこにいなかった別の人に(尾ひれをつけて)話すのは慎んだ方が、後々問題になることがありません。1人にうっかり話したことが瞬く間に広まり誰が噂流している、とわかってしまい、その結果絶交になった、ということもあります。噂が嫌い、という人は特に厳しく、噂好きな人を許しません。人間関係は大切で、いざという時仕事を紹介してくれる、いい編集者を教えてくれる、など、助けてもらえることがあります。それはお互い様ですが、キャリアの長い人ほど色々事情に通じていて、新人を助けてくれることがあります。知遇を得て、べらべらとその人のプライベートな噂を流せば、それきりになってしまいます。悪意ある噂でなくても、自分の噂を流されるのを極度に嫌う人がいて、噂をすれば絶交です。
 仕事より大切なおしゃべりはありません。アシスタント同士でも、口が固い人の方が信用されます。寡黙にやるべきことをやる人が仕事をもらえます。大きな声で別のアシスタントや漫画家をこきおろす人がいますが、他人の批判が多い人は自分の仕事が思わしくないことが多く、調子を合わせるとろくなことがありません。相槌を打つのも同罪です。悪口に同意したことになります。私自身も失敗はありました。反省しています。

漫画けもの道7 担当替えもあり

 編集者になりたくて出版社に入っても、希望通りに行かないことがあります。下積みをして営業から編集に移った人も、編集から営業に回された人も知っています。結果を出した人が評価され編集長になります。結果を出せない人もいますが全部が漫画家の責任とは言えません。
 新人で何もわからないうちについた担当編集者が連絡をくれない、打ち合わせをすっぽかすということがあれば、漫画家としては、無能だから捨てられたという気持ちになります。ただ、新人だけでなく、連載作家にも連絡をきちんとしない、打ち合せに出て来ず家にいた、という人がいました。この場合は問題は編集者の側にあります。他の編集者や同じ担当の漫画家ともコンタクトを取った方が、事情がわかるようになります。パーティなどの機会は逃さずに顔を出した方がいいと思います。そして、そのようなトラブルの続く人が異動になることもあります。
 うまくいかない時に、全部自分が悪いと思い込んで身動きが取れなくなることがありますが、別の人と話してみることで事態が改善するかもしれません。これは私自身の経験ではありませんが、担当編集者の交代を編集長に要求した人もいます。その人は新人とは言えないもののまだキャリアは浅い若手でした。新人でも、困った時に他の編集者、編集長に相談することが禁じられているわけではありません。様々な理由で、自分から担当替えを願い出る漫画家は他にもいました。
 私は編集者に没にされたネームがどうしても諦められず、他の雑誌、他の会社に持ち込んで採用され、結果もよかった、という経験があります。没ネームの再生は何度かあります。再評価を求める権利はあります。没にした人にばれると顰蹙は買いますが、元が没でしたから、持ち込みは自由です。金もない土壇場では、こちらは仕方ありません。編集者も大変なことはわかりますが、恨みっこなしであってほしいと思います。なお、私は編集者に嫌がらせをされたことは一度もありません。それほどの者でないと言えばそれまでですが。

漫画けもの道8 タイトル地獄

 投稿時代とデビュー後の打ち合わせの厳しさの違いは想像以上でしたが、タイトルのつけ方から信じられないほど厳しい指導を受けました。タイトルを考えるのが苦痛になるほどでした。
 まずタイトル20本出しをやらされました。その中から担当が選んで決めたタイトルが、大御所のタイトルとかぶるから変えろと言われ、また20本出しをさせられました。タイトルで1日以上かかってしまいました。プロの漫画家が締め切りを破る、という話をよく聞くのは、プロット、ネームの段階でなかなかOKが出ず、スケジュールが押して、予定していたアシスタントにも来てもらえなくなり、人数不足で徹夜しても間に合わなくなるからです。誰も破りたくて破るわけではありません。その上タイトルも決まらないと地獄です。編集者の提案するタイトルがどうしても自分の気に入らず、投げたくなることもありました。
 タイトルだけで人が見るか見ないか決まる、アンケートの数字が違う、売れ方が違うのは事実です。それを徹底して教えられました。比較的読者年齢が低いほど厳しかったように思います。読者が大人ならまだ地味なタイトルでも通好みで読んでもらえますが、タイトルしだいで差がつくことを意識しないわけにいけません。甘い雑誌もありますが甘えられません。デザイナーに「私には権限がないが、この雑誌はタイトルのつけ方が甘い」と忠告されたこともありました。
 タイトルで売れた好例は「世界の中心で、愛をさけぶ」でしょう。元は「恋するソクラテス」でしたが、編集者の判断で変更して当たりました。政治好きには「日本改造計画」がわかりやすい例でしょう。当初の案は「夜明け」でした。編集者の考えで、結局「日本列島改造論」を思い出させるタイトルに変えて売れました。「夜明け」ではどうだったでしょうか?
 ネットでは誰でも習作を投稿して公開することができます。そこで気になるのは「無題」が多いことです。本当に習作ならそれでもかまいません。しかし真剣に集客を意識しているなら無題はありえません。シェアボタンでSNSに紹介したくても「無題」では困ります。惹きつけるタイトルを考え、反応を見て変えていく努力も必要です。「漫画けもの道」もタイトルをいくつも考えて決めました(汗)。

漫画けもの道9 打ち合わせ地獄

 今はネットで漫画を公開でき、販売も個人でできます。出版社からいきなり単行本化される幸運な人もいます。誰でも色々な形で作品を発表できるのはいいことだと思います。しかしネットには基本を教えてくれる人がいません。コマ割りが全くできていない漫画を見て直してあげたくなっても、そこまでする時間が取れませんし、第一求められてもいないのに口出しはしにくいものです。やはり投稿した方がいいですし、その前に学校で学ぶのもひとつのやり方でしょう。
 私はデビューした大手で厳しい打ち合わせに苦しみました。まず、一度でネーム(台詞入りのラフ)が通ることはなく、全く別物と言っていいほど大幅な修正を求められ、頭が混乱し、自分を否定されたようで感情も傷つき、修正する気力が萎えてしまい、しばらく休まないと取りかかれないこともありました。
 以前タイトル20本出し、という話を書きましたが、ネームも5回直し、完全な別物に作り直し、ということもありました。内容の練り直しもあれば、コマ割りや見せ方、言葉遣いの修正もあります。絵ができてからの描き直しもあります。大物になると、担当編集者にもよりますが、修正されなくなると聞いたことがあります。しかし最初のうちは、自分の作ったネームは跡形もなく壊されるものと覚悟した方がいいでしょう。あえて未完成の大雑把なネームを出して、編集者と打ち合わせながら作る人もいます。そのやり方に慣れて、別の会社で未完成のネームを出したら怒られた、という話も聞きました。最初に打ち合わせのやり方を確認した方がいいと思います。
 それ以前に厳しく注意されるのは、パクリです。私がたまたま読んだばかりのベストセラーの話を打ち合わせで出したら「それをなぞってどうするの?」と編集者に言われました。そんなつもりはなく、話のつかみに出しただけなのでそう説明しましたが、ヒット中のドラマや小説や映画をすぐ連想させる話は、編集者に嫌われます。著作権問題にならないような、おおまかな設定やストーリ―の類似でも、勉強している編集者ほど敏感で、避けようとします。著作権法の線引きとは別問題です。読者から批判を受けることが目に見えるからです。同人誌出身や、大手経験のない人には、いつまでたってもパクリに無頓着で露骨にやってしまう人がいます。大手に持ち込んで、プロと認めないと言われた人もいます。
 コマ割りも大手の指導は厳しく、バストアップと台詞ばかりという手軽なコマ割りは通りません。1~2ページバストアップ(上半身だけ)では必ずリテイク(直し)になります。下絵まで描いてバストアップが多いとリテイクです。甘いところもありますが、大手では時間がなくても直されます。
 特に直しが多い編集者との仕事に慣れて、自分でネームができなくなり、他社への持ち込みを躊躇する人もいます。自分でネームを切らせる編集者とも仕事をした方が、バランスが取れます。配信に使っている作品は、ほぼ直しがなく自力で作ったものですが、それができたのは最初に基本を教えてもらえたからです。感謝しています。

漫画けもの道10 年間200ページの低所得者

 デビュー間もなく、担当編集者に言われました。以下言葉はそのままです。 「見開き2ページに王子様が出てきて、ヒロインが王子様と結ばれる話を年間200ページ描け、それが嫌なら今すぐやめろ。」

 ファンタジー系やホラーならまた違うと思いますが、メジャーの少女漫画ではそうでした。担当編集者による違いもありますが、最初はラブコメで確実にアンケートを取るのが常道です。人気が出ると、自分の温めていた得意なネタを出して幅を広げます。独特の作風で知られるベテランも、最初はラブコメで、初期作品集を見て意外に思うことがあります。昔から、少女漫画は最初はラブコメです。苦手と言っていられません。
 年間200ページは、それだけ描ければ認められるという目標です。32ページの読切りを隔月で描くと192ページです。40ページの読切り5本で200ページになります。これは、新人から見れば上出来、充分と言っていい仕事量です。コンスタントに描いている漫画家と名乗れます。ただし当時の原稿料は5000円(大手でも3500円の雑誌もありました)ですから、200ページ描いても100万円です。当時そこでは、1年で1000円、2年でまた1000円上がり、7000円までは誰でも原稿料が上がりました。それ以降はヒットがあれば上がりますがなければ据え置きです。2年以内に連載を取ってヒットを出さないと生活費を稼げません。7000円で月刊誌で連載しても、32ページでは2688000円です。ここから必要経費が出ますから連載作家でも生活は厳しいと思います。コミックスが出ても印税は10%です。単価500円として初版1万部で印税は50万です。増刷にならなければ原稿料1本分程度のボーナスです。売れないと次のコミックスは出ません。2巻以降が出ないということもよくあります。どこまでも試練が続きます。
 それでも、そこまで行ければ他に売り込みもやりやすいので、当面の目標はまず連載です。しかし私の場合は、1年過ぎてやっとアンケート3位、それで次の掲載予定はないと言われ、数か月後の会議で通れば掲載するということでした。次の会議で通りましたが、到底生活できませんし、奨学金の返済も抱えていました。3位で次がないと言われた時点でダメだと自分なりに判断し、そこのネーム、他への持ち込み、カットの持ち込み、バイト、パソコン・ワープロスクール通い、漫画と両立できる短時間勤務の職探しを併行してやりました。そして同じ会社で仕事をつなぎながら、9時5時の事務職と兼業することにしました。漫画だけを見ると順調に行かなかったわけですが、それでも今思うと努力しました。

漫画けもの道11 極限状態の兼業生活

 会社員と漫画家の兼業生活は思ったよりきついものでした。募集時の説明通り、ほぼ9時5時の勤務でしたが、掃除は毎日新米の私の担当で遅くとも15分早く出社しないといけません。そして帰りも掃除とゴミ集めをし、ゴミを出してから帰宅します。また、やはり時には残業もあります。問題はそれ以上に通勤時間が長かったことです。面接の時は昼間で1時間半かからずに行けたのですが、ラッシュアワーは乗降に時間がかかり混雑します。道路は渋滞しバスも遅れます。混雑する時間帯には1時間45分、天気が悪いと2時間かかります。そしてもちろん、座れません。会社の仕事は一般事務と秘書的業務を兼ねたもので、きつくはありませんがミスはできません。緊張して働き、帰宅するのに立ちっぱなしの2時間は疲れました。朝のラッシュはもっとひどく、押しつぶされて死ぬかと思う混雑でした。通勤地獄とはよく言いました。その上帰宅してから漫画描きです。勿論時間が足りず、締切り前は徹夜になりました。徹夜して原稿を送りラッシュアワーの通勤地獄で立ちっぱなしで、出社すると掃除、デスクは丸見えで隠れて居眠りもできず、背筋を伸ばして仕事です。締切り前は、3日間、一睡もせずに働く羽目になりました。漫画家だけなら締切明けに爆睡できますが、会社員兼業では寝られないままさらに1日仕事です。これを覚悟しないといけません。考えたつもりでも、甘いところがありました。
 その時期に限って、奇妙な現象が続きました。テレパシーと言われる能力が身につきました。徹夜してフラフラで電車のつり革につかまっている私の耳元で「東十条」と囁く声が聞こえます。斜め前に座って寝ている女性の声だと、なぜかわかりました。そこで降りるという意味です。私は半信半疑で移動して彼女の前に割り込むようにして立ちました。すると彼女は本当に東十条で降りたのです。私は空いた座席に座ることができました。また別の時は、初めて会った編集者の印象が悪く話が合わないので、仕事にならない、やめて他へ行こうと思っていましたが、夢にその人が出てきて、しきりに催促するのです。そこで、ちょうど作っていたネームを送ると即採用、その後順調に仕事ができました。慣れると打ち解けてやりやすい人でした。まだあります。どうしてもやる気になれない仕事があったのですが、夢に編集者が出てもういいと言うのです。非常にリアルで、やらなくていいのかなと思っていたら、3日後に同じ人が、もういいと、夢と同じ声で言ったのには驚きました。そういうことが時々あり、常に助けてくれました。休めるように、お金がもらえるように、少しでも楽になれるように、ガイドしてくれているようでした。それは声として聞こえることが多く、時には絵で見えることもありました。目の前に、ポンと少し先の光景が見えるのです。最初は戸惑いましたが、やがて予知能力のようなものが働いているのを意識するようになりました。この現象は、無理な兼業をしている時に起き兼業をやめるとなくなりました。それでも以前よりカンが働くことは変わりません。今考えると、心身共に極限状態の時に、生命を守るために通常必要ない能力を発揮できたのかもしれません。そうした話を受けつけない人に押しつけるつもりはありません。偶然勘が働いた、と理解して下さい。以後、必死で生きようとしている自分の体を自ら傷つけてはいけないと心しています。 
 無理な兼業をしながらも、精神状態は以前より安定しました。ただ、漫画がなければ9時5時のルーティンワークで、その先の見通しは何もありません。どうしても漫画は続けたいと思っていました。そして、幸運にもショートの連載の仕事が決まりました。読切の仕事も従来通りです。その時私は思い切って会社を辞めました。当時はネットはなく、小さな修正はFAXでしていましたが、企画は会って打ち合わせしていました。その時間が取れず、兼業は無理でした。編集者は心配しましたが、1年後会社が倒産し、どの道私は漫画を描くしかなくなっていました。
 兼業で漫画を描くなら、通勤も計算して勤め先を選んで下さい。これが私の得た教訓です。

漫画けもの道12 大きな運命には抗えない

 会社員兼業をやめ漫画専業になって1年後に会社が潰れました。運命とはそういうものだと思います。自分の考え、努力である程度の違いは作れても、大きな変化には抗えません。例えば雑誌が休刊になる、編集長が交代して作家を入れ替える場合もそうで、前の編集長に抜擢された人は、まとめて切られます。人気連載や看板作家は別としても安泰はありません。色々な経験を重ねて、その時どうするか考えて選択します。その繰り返しです。
 漫画専業になってしばらくは、編集者の企画、注文で占い漫画を描いていました。大手でかけもち、どこも1年後まで予定が決まっているという安定した創作環境を初めて手に入れました。最初に描いた長編の占い漫画が初登場で2位を取ったからです。1位2位でないと扱いが変わらない、というのは本当でした。巻頭1位がほぼ既定ですから、2位はプッシュなしで読者に受けたと評価されます。それで1年先までシリーズで仕事が決まり、原稿料も編集者から上げると言ってくれました。それは占いという人気企画に助けられていた結果でもあります。商業ですから受けないと始まりません。しかし実用コミックとは違い、オリジナルストーリーに占いを取り入れるという形で、特定の占い師の監修はありません。売られている本を参考に、漫画的な誇張を大いに加え面白く描くことが課題でした。占いの広告ではなくオリジナルストーリーでしたから、やりがいはありました。その後また別の会社からも同じ条件で仕事を受けました。数人のアシスタントを使っても生活できました。バブル前後は出版が好調で、大手から増刊や新雑誌が出ていたという幸運にも助けられていました。バブルがはじけても90年代半ばまでは漫画は売れていました。
 しかし、それは長くは続きませんでした。最初に占い漫画を描いた雑誌は休刊になりました。大手の雑誌で、潰れるとは思わなかったので驚きました。その2年後に別の占い漫画のシリーズをやった雑誌が休刊になりました。編集長も異動し、人事は漫画家も含めて刷新されました。前編集長時代に起用された私もですが、同じ頃にそこでデビューした新人、若手は、描く場所を失いました。さらに、別の占い漫画を描いて受けた雑誌も休刊になりました。残っている雑誌にはレギュラーがいて、失業した作家が入れる枠は空いていません。また休刊した雑誌とは編集方針も違います。そこに新たに企画を出してレギュラーと競争して仕事を取るしかありません。やむなくまた別に描く雑誌を探しました。占いの解説漫画なら機会はありましたが、占いに執着はなく、ミステリーの彩りと考えてやってきたので気が進みませんでした。それより占いなしでミステリーを描きたいと思うようになっていたため、ネームを作って営業しました。
 私に圧倒的な人気があれば営業しなくても他誌に抜擢されていたかもしれません。それでも、ギュラーで描いてきた雑誌の休刊は変わらない現実です。他誌で同じ傾向の作品を続けて描くことは不可能でした。色の近い雑誌がありませんでした。連載途中で続けられなくなり、他誌に移って続ける人もたまにいますが、それも受け皿があればの話です。今のようにネットはなく、続けることはできませんでした。
 その頃新規開拓した雑誌に原稿を渡した直後、腕の痛みが尋常ではなく、指が動かせなくなり体調も悪化して休むしかなくなりました。幸いその前に数年好調で、会社員時代の蓄えもあり生活にすぐ困るというほどではありませんでしたが、もって1年程度で、余裕はありません。税金も保険料も容赦なく前年度の所得を元に請求されますし、奨学金の返済もあります。完全に働かないというわけにいかず、右手に負担のかからないバイトと貯蓄の取り崩しで生活していました。しかし治る見込みがあるわけでもなく、仕事は切れたままで、やる気がないと見放されていたと思います。心理的にはどん底でした。そういう時のための貯蓄は欠かせません。お金を使わず貯めていたことが幸いしました。

漫画けもの道13 セーフティネットなし

 大きな運命には抗えない、と書きましたが、全くその通りで、最初にラブコメを描いて3位を取った少女漫画誌もなくなりました。好きで潰れそうな雑誌に投稿したわけではありません。80年代後半はバブルの上り坂、漫画も売れ、投稿した雑誌には漫画愛好家なら知っている名作が連載され私がデビューした時も続いていて、潰れるとは思えませんでした。デビュー後女性誌は男性誌より不振と聞きましたが、読者にそこまでわかるはずもありません。ネットもなく、検索で部数を調べることもできませんでした。何よりファンだった大御所に惹かれて投稿しました。他誌に持ち込まずそこだけに絞っていたとしても、やはり描いていた雑誌が潰れてレギュラーを失う結果は変えられませんでした。その後は新雑誌や別の雑誌に移って実績を上げるしかありませんでした。
 しかしその前に身体を回復させないといけません。その頃ネットは普及しておらず、電話が交流手段でした。時々電話をもらったりかけたりする漫画家が数人いました。漫画家以外の知人とも、たまに話すことはありました。体調を崩した時にも、たまたま電話をかけてきた人、かけた人がいました。近況を話す時、腱鞘炎で描けないと、わかりやすく説明し、それ以上はあまり余計なことは言いませんでした。他人にどうこうできることでもないと思ったからです。
 漫画家ではなく安定した生活を送っている知人も、皆温かい言葉をかけてくれました。「何かあったら相談してね。今度ご飯でも食べようよ。」もちろん、気持ちを感じました。漫画家の知人は、電話の翌日宅配便で荷物を送ってきました。ダンボールに米と保存食、菓子、本とCDが入っていました。電話をかけると「これで1ヶ月大丈夫だろう。私が描けなくなった時に漫画家の友だちがしてくれたことで、その友だちも漫画家の友だちに同じことをしてもらったので、順番だから返さなくていい。次の人にしてあげればいいから。迷惑だったら捨てるか譲るかしてくれればいい」という話でした。その人と特に仲が良いというわけでもなく、他にも米をくれた人がいました。漫画家は互いに困り方を知っているため、即時、即物的です仕事切れには編集者を紹介する、自分がアシスタントに使う、という支援もよくあります。
 漫画家は個人事業主です。病気や倒産で仕事が切れた時の保証はなく、自分で保険に加入しない限り、失業給付も受けられません。私は生命保険に加入していましたが、入院しないと支払われませんでした。通院で支払われる契約も今はありますが、当時はありませんでした。1ヶ月分の食糧はありがたく頂戴しました。さらにその後、同じ人から電話があり「健康診断に行くから待ち時間をつぶすのにつきあってほしい、診察も受ければいい」と誘われました。保険証を持って出かけた病院は、漫画家御用達でした。カウンセリングも学び生活相談ができる医師で、友だちの漫画家の紹介だそうです。悪いのが腕だけでないことがわかりました。支払いは誘った知人が問答無用でしてくれました。断ってもききませんでした。いわくそれも順番です。私も後年同業の知人に、いくばくかの支援をしたことはありますが、恩に着せるつもりなどありません。気を使ってお返しをするより順番に回すのが合理的です。
 近所の鍼灸院に藁にもすがる思いで入ったのも正解で、痛みが緩和しました。少しずつ体調を回復させ、バイトをしながら、1年以内に復帰すると決めていました。それは実現しました。漫画家は倒れても自分で立ち直るしかありません。会社員にあるようなセーフティネットはなく、失業した時あるのは同じ漫画家の助けのみです。同業者との関係も自力で作らなければ助けはないものと思って下さい。

漫画けもの道14 牙をむいたライオン

 ある雑誌で長年貢献した、当時まだ固定ファンのいた作家が編集部に呼び出され、段ボールに入れたその人の原稿を渡されて「これ持ってどこでも行って下さい」と言われました。原稿を返すというのは、会社によってやり方の違いはありますが、もう掲載しないという意味になります。単行本や再録、配信等の予定があれば返しません。ただし単に原稿を返さない会社もあります。返す原稿と返さない原稿がある場合は、返さない原稿はまだ使いたいということです。私の経験ではそうです。返してくれと言えば返してもらえますが、波風を立てないように気を使います。悪くすれば、そこではもう仕事しませんという絶縁宣言と受け取られてしまいます。段ボールに原稿を詰めて呼び出して追い帰す、というのは、二度と使わないという意味なります。そこまでしないと、また企画書を送ってくると思ったのかもしれません。それにしてもやられた方はたまりません。漫画の出版社ではそういうこともあります。急に呼び出して段ボールを渡して追い帰す、というのは、リーマン・ブラザーズが破綻した時に社員にした仕打ちです。私物は全部箱に入っていて、もう会社に入れないようにされました。そうでもしないと情報持ち出しなどの報復をされかねないからでした。そんなことは日本の企業はしないと聞きましたが、漫画家はされます。リーマン・ブラザーズは倒産しましたが、出版社は違います。漫画家の切り方だけが米国並ということを、知っておいた方が楽だと思います。酷いことを言われたりされたりしても、そんなものだと思って、軽く受け流すのが一番です。その後段ボールを渡された人は描き続けています。簡単にやめる人はいません。どんなことをしても食いついて離れないのが当たり前です。優しそうな話を描く人も、牙をむいたライオンです。
 私が病気した頃、休刊が続いて雑誌が減っていましたが、一方で中堅やマイナーでホラーやお笑い漫画ブームが続いていました。ホラー、恐怖、怖い、ミステリーと題した雑誌の中で、占い漫画ではない大人向けサスペンスを描ける雑誌を見つけました。読んで面白いと思ったので持ち込みました。私は原稿料が上がっていたものの、ページ2万円貰う人もいる大手では安い方でしたから、あまり差がなく、大手の方が安いところもありました。読者年齢がやや上がり、例えば30歳のOL(当時の言葉)、40代の主婦、という注文はありましたが、それまででは比較的描きたいものを思うように描けるようになり、量産できませんが続けられました。しかし、病気で大手に切られたわけではありません。そこは誤解されると人聞きが悪いので断っておきますが、復帰後もまた大手で描いていました。仕事が重なってお断りすることもありましたが、わざわざ予定を変えて描かせていただこともあります。ただ私自身が自分の軸足をもともと描きたかったラブコメではないサスペンスに移したということです。
 以後出版不況はますます厳しくなり、コンビニに並ぶ漫画も激減しました。すでに生活できるだけの蓄えのある人は無理しなくてもいいでしょうが、若い人は大変です。これから漫画を描く人は、大きな社会の動きにも注意して、先を見て考えて現実的に計画を立て、少しずつでも自分の描きたいものを描いていってほしいと思います。

 見た目の華やかさと裏腹に何の保障もなく厳しい競争に晒され、労働法規の外で生きている漫画家やその志望者に対して、一層のご理解をいただけるように願って筆を置きます。